海外出店|出店戦略

海外和食店の出店判断:賃貸契約の前に決める進む条件・止める条件

撤退した中小企業の70.5%が撤退基準を設けていなかった公庫調査、飲食の黒字率44.7%のジェトロ調査、いきなり!ステーキ米国事業の開示をもとに、用途・排気・保証金・個人保証など署名前の確認事項と中止トリガーの判断表を示します。

最終更新 2026年9月27日 WashokuJob

目次

  1. 撤退した中小企業の7割は「やめる基準」を決めていなかった
  2. 海外の飲食業は、黒字の会社が半数に届かない
  3. 閉店しても賃料は止まらない:ペッパーフードサービス米国事業の開示から
  4. 署名の前に物件で確かめること:用途と排気
  5. 賃貸借契約で読む条項:保証金、個人保証、原状回復、中途解約、賃料方式
  6. 判断表:進む条件と止める条件
  7. 中止条件を数字で書き、誰が判断するかを決める

海外出店の「やるか、やめるか」は、物件の賃貸借契約に署名した瞬間に、ほとんど後戻りできなくなります。内装工事が始まれば資金は物件に固定され、閉店するときにも残りの賃料や原状回復の費用がついて回ります。この記事では、日本の中小企業の海外撤退に関する公的調査、ジェトロの在外日系企業調査、上場外食企業の適時開示を材料に、契約前に決めておくべき「進む条件」と「止める条件」を整理します。賃貸借の条項は、公的な行動規範が整っているシンガポールを主な例にしています。

1. 撤退した中小企業の7割は「やめる基準」を決めていなかった

日本政策金融公庫総合研究所は2014年10月、取引先のうち海外進出(直接投資のほか支店設立や技術供与を含む)の経験がある中小企業945社(うち440社は撤退経験あり)に「中小企業の海外事業再編に関するアンケート」を行い、298社から回答を得ました(回収率31.5%)。この結果を分析した論文(日本政策金融公庫論集 第26号、2015年2月)には、出店判断に直接関わる数字が並んでいます。

この調査は撤退拠点の68.2%が「生産」機能で、製造業が中心です。飲食店にそのまま当てはめることはできませんが、「需要」「パートナー」「管理を任せられる人材」の3つで撤退が起き、撤退時にはパートナーとの交渉と従業員の処遇で揉める、という構図は飲食店でも同じように起こり得ます。そして、7割の会社はそれを想定した基準を持たずに進出していました。

要点:中止条件は、始めてから考えると「もう少し続ければ」という判断に引きずられます。署名前に、数字と期限と判断者を書面にしておくことが、この記事の前提です。

2. 海外の飲食業は、黒字の会社が半数に届かない

ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)」(2025年8〜9月実施、82カ国・地域の7,485社が有効回答)では、2025年に黒字を見込む日系企業は全体で66.5%でした。一方で業種別に見ると、飲食(n=38)は黒字44.7%、均衡31.6%、赤字23.7%で、小売と並んで黒字が半数を切った業種とされています。回答数が38社と少ない点は割り引いて読む必要がありますが、「海外に出た日系企業の平均」よりも飲食の採算は厳しい、ということは言えます。

採算を悪化させる要因も同じ調査に出ています。営業利益が前年より悪化すると答えた在米企業(n=197、全業種)の理由は、原材料・部品調達コストの上昇42.6%、現地市場での需要減少36.0%、人件費の上昇31.5%の順でした。人材については、直近2年間で現地の人材確保が「悪化した」と答えた企業が全地域で31.9%、シンガポールでは34.5%に達します。

つまり、飲食店の出店判断では「売上が計画に届くか」に加えて、「食材費と人件費が計画より上がったときに耐えられるか」と「採用が計画どおりに進むか」を、独立した中止条件として持つ必要があります。

3. 閉店しても賃料は止まらない:ペッパーフードサービス米国事業の開示から

日本の上場外食企業の海外撤退で、費用の中身まで開示されている例として、ペッパーフードサービス(東証 3053)の米国「いきなり!ステーキ」事業があります。同社の適時開示によると、経緯は次のとおりです。

出店判断の観点で読むべきは2点目と3点目です。店を閉めても、リース契約の残期間の賃料と仲介手数料は損失として残りました。また、親会社は子会社の債務超過額に対して債務保証損失引当金を計上しており、子会社の損失が保証を通じて親会社の損失になっています。海外子会社を作れば責任が切り離される、とは限りません。契約前に「最悪の場合に払う金額」を、残存賃料と保証の範囲から計算しておく理由がここにあります。

4. 署名の前に物件で確かめること:用途と排気

シンガポール食品庁(SFA)の飲食店(Food Shop)許可の事前チェックリストは、必要書類の最初に土地・建物当局の承認(BCAの仮使用許可、URAの用途変更承認、HDBの用途承認など)を挙げ、「賃貸借契約への署名や、内装・設備への投資の前に、必要な計画許可を得ておくこと」を求めています。契約書には、当局が用途を承認していることと、許可前要件を満たせることを確認してから署名するよう書かれています。

用途について、都市再開発庁(URA)の「Criteria for Restaurant」では、ショッピングセンターと商業ビルでは飲食店用途に計画許可は不要とされる一方、ショップハウスは個別審査で、Balestier Road、East Coast Road、Geylang Road、Little India歴史地区など、新規の飲食店が「承認されにくい」地区が列挙されています。路面のショップハウスを検討する場合、家主が「飲食店に使える」と言っても、それだけで判断しないことです。

排気も物件で決まる条件です。環境庁(NEA)の「Code of Practice on Environmental Health(2024年版)」は、調理の煙を空気清浄装置で処理したうえで屋上以上から排出し、隣接建物の方向に向けないこと、屋上排気が現実的でない場合は屋外の別の位置も選べることを定め、SFAのチェックリストも同じ趣旨を許可前要件にしています。ダクトを屋上まで通せるか、通せない場合にどこへ出せるかは、図面と現地で確認しないと分かりません。焼き場や揚げ場を持つ和食店では、ここが通らない物件は候補から外すのが安全です。

5. 賃貸借契約で読む条項:保証金、個人保証、原状回復、中途解約、賃料方式

シンガポールでは、2024年2月1日以降に署名される1年以上の店舗賃貸借(飲食店を含む)に、Lease Agreement for Retail Premises Act 2023とあわせて「Code of Conduct for Leasing of Retail Premises in Singapore(第3版)」が適用されます。家主に有利な条項に上限や禁止を設けた規範で、他国で交渉する際のチェックリストとしても使えます。主な内容は次のとおりです。

条項シンガポールの行動規範の定め(2026年9月確認)契約前に確認すること
保証金床面積5,000平方フィート以下かつ期間3年以下の契約では、原則として総賃料の3カ月分が上限。例外は合意のうえ家主が14日以内にFTICへ届け出る必要がある。借主が事前に申し出れば最大50%を銀行保証で差し入れられる保証金の月数と、現金以外で差し入れられる割合
個人保証借主の取締役・株主・従業員などが債務不履行時に個人で責任を負う包括保証条項は入れてはならない(借主が保証金の代わりに個人保証を選ぶことは可)日本本社や経営者個人の保証を求められていないか。求められる場合の上限額と期間
中途解約(借主側)規範が定める借主の中途解約権は、フランチャイズ本部の倒産や、借主の責めによらないフランチャイズ権の喪失という例外的事由に限られる。その場合も6カ月前通知(または6カ月分の賃料)と保証金相当額の補償、原状回復が必要業績不振で退店する場合の条件は交渉で決めるしかない。解約条項の有無と、残存賃料の扱い
原状回復家主の再開発を理由とする中途解約では原状回復は不要で、借主の内装投資の未償却分を家主が補償する通常の満了・解約時の原状回復範囲(スケルトン戻しか)
売上条項売上目標未達を理由に解約などの不利益を課す条項は原則禁止売上目標条項が入っていないか
賃料方式「固定賃料か売上歩合の高い方」といった方式は原則として不適合。単一の計算方式が原則固定・歩合・併用のどれか。歩合の場合の売上監査費用の負担

改装期間中の賃料免除(いわゆるrent free)については、今回確認した規範の11原則には定めがありませんでした。工事期間の長さは許可取得と排気工事に左右されるため、引き渡し日、工事期間、賃料発生日をそれぞれ条件書に書いておく必要があります。

英国(イングランドとウェールズ)では、英国王立チャータード・サーベイヤーズ協会(RICS)が「Code for leasing business premises」を2020年に公表し、2023年9月に専門職基準として再発行しています。ひな形の条件書(heads of terms)とチェックリストが付いており、双方が専門家の助言を得たうえで条件を判断するよう求めています。国によって規範の強さは違いますが、「条件書の段階で主要条項を並べて比較する」という進め方はどこでも使えます。

6. 判断表:進む条件と止める条件

ここまでの材料を、署名前に確認する表にまとめます。「必須条件」が1つでも欠けていれば署名しない、「中止トリガー」は開業後に該当したら撤退手続きに入る、という使い方を想定しています。

区分項目判断のしかた
必須条件(署名前)用途当局の用途承認を書面で確認済み。ショップハウスなら承認されにくい地区でないこと
必須条件(署名前)排気屋上または認められる屋外位置まで排気経路を確保できることを、設備業者が図面で確認済み
必須条件(署名前)最大損失額残存賃料+原状回復費+保証の範囲で計算した「最悪の支払額」が、本社の手元資金で払える
必須条件(署名前)保証日本本社・経営者個人の保証の有無と上限を把握し、取締役会などで承認済み
必須条件(署名前)料理長と店長就労ビザの要件を満たす候補者が決まり、申請の見通しが立っている(→シンガポールでの日本人料理人の採用)
必須条件(署名前)需要の検証ポップアップや試験販売で、想定客単価と来店頻度の手応えを得ている(→ポップアップで試す)
中止トリガー(開業後)売上開業から決めた月数(例:6カ月)連続で、計画売上の一定割合を下回る
中止トリガー(開業後)原価・人件費食材費率と人件費率の合計が、決めた上限を一定期間超え続ける
中止トリガー(開業後)資金追加投入額の累計が、事前に決めた上限に達する
中止トリガー(開業後)人材・パートナー料理長または現地責任者が欠け、決めた期間内に後任を確保できない。合弁相手との合意が崩れる

7. 中止条件を数字で書き、誰が判断するかを決める

判断表の「一定割合」「上限」は、事業計画の損益から逆算して埋めます。仮に計画上の月商が300万円相当、食材費率30%、人件費率30%、賃料が月商の12%だとすると、売上が計画の80%に落ちた時点で、賃料の比率は15%に上がります。このとき残りの費用を差し引いて月次の現金収支がマイナスになるなら、「計画の80%を3カ月連続で下回ったら撤退協議に入る」といった形で書けます。数字は例であり、自店の計画値で置き換えてください。

書面にする項目は、最低でも次の4つです。

  1. 指標と閾値:月次売上、食材費率、人件費率、累計の追加投入額。
  2. 期間:何カ月続いたら発動するか。開業直後の立ち上がり期間をどこまで除外するか。
  3. 判断者:現地の責任者ではなく、日本本社の誰が、どの会議で決めるか。
  4. 撤退手順:賃貸借契約の解約通知期限、原状回復の範囲、従業員の雇用契約の終了条件、合弁相手との持分の扱い。

日本政策金融公庫の調査では、撤退時の課題の上位が「パートナー企業との交渉」と「現地従業員の処遇」でした。4つ目の撤退手順は、合弁契約書と雇用契約書の段階で条項に落としておくと、実際に撤退するときの交渉が短くなります。進出と同時に出口の条件を書いておくことは、弱気な計画ではなく、損失の上限を決める作業です。

2026年9月に公開情報をもとにまとめた一般的な情報であり、法務・税務・入国管理に関する助言ではありません。制度や金額は変わるため、行動する前にリンク先でご確認ください。

出典

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