海外出店|開業・初期運営

海外和食店の撤退・縮小計画:従業員・清算・税の負担を開業前に見積もる

米BLSの宿泊・飲食業の生存率(2015年開業は5年後58.5%、10年後41.6%)、シンガポールの自主清算(1年前後)と登記抹消(4か月以上)、シンガポール・英国・NY州の解雇通知と手当、NY州売上税の20日以内の最終申告などを整理し、撤退費用の見積もり表を示します。

最終更新 2026年9月27日 WashokuJob

目次

  1. 飲食店はどのくらい続くか:米国の事業所の生存率
  2. 閉店だけが出口ではない:縮小・譲渡・閉店の比較
  3. 従業員:国ごとの通知期間と手当
  4. 会社をたたむ:シンガポールの清算と登記抹消
  5. 税と許可の後始末、記録の保存期間
  6. 撤退費用の見積もり表を開業前に作る
  7. 開業前に契約と書類に入れておくこと

海外出店の計画を立てる段階で撤退の話をするのは、縁起の悪いことのように感じられるかもしれません。しかし、撤退や縮小にかかる費用と手続きの期間は、国の制度と、開業前に結ぶ契約でほぼ決まります。開業してから調べ始めると、選べる手段がすでに狭まっていることがあります。この記事では、米国労働統計局の事業所の生存率、シンガポールの会社清算に関するジェトロの資料、各国の雇用終了の規則、税の最終申告の期限をもとに、開業前に把握しておくべき撤退・縮小の負担を整理します。撤退を判断する基準(中止条件)と賃貸借契約の条項は出店判断の記事で扱っているので、ここでは「実際に撤退・縮小するときに何が必要か」に絞ります。

1. 飲食店はどのくらい続くか:米国の事業所の生存率

米国労働統計局(BLS)は、民間事業所が開業後に何年存続したかを業種別に公表しています。「宿泊・飲食サービス業」(宿泊業を含む点に注意)の表から、いくつかの年に開業した事業所の生存率を抜き出します。BLSの表の「開業年」は、その年の3月までの1年間に開業した事業所を指し、生存率も毎年3月時点で集計されています。

開業年(3月までの1年間)開業時の事業所数1年後5年後10年後
2015年47,07788.2%58.5%41.6%
2019年52,92682.6%―(2025年時点で6年後52.9%)―
2021年43,57186.6%―(2025年時点で4年後61.8%)―
2024年57,58185.3%――

2015年(3月までの1年間)に開業した事業所のうち、5年後に残っていたのは約6割、10年後は約4割でした。1年目で1割強が姿を消しています。この数字は事業所の存続であり、閉店の理由(業績不振か、移転や売却か)は区別されていません。それでも、「開業した店の半数以上は10年以内に閉じる」という前提で、撤退の手順と費用を見積もっておくのは慎重すぎる考え方ではありません。

2. 閉店だけが出口ではない:縮小・譲渡・閉店の比較

業績が計画を下回ったときの選択肢は、閉店だけではありません。費用と手続きの重さが違うので、軽いものから順に検討します。

選択肢内容主な負担
営業の縮小営業時間・営業日の短縮、ランチの休止、メニューの絞り込みシフトの削減に伴う労働条件の変更。国によっては事前の通知や同意が必要
業態の変更客単価や提供方法を変える(例:おまかせ中心から定食中心へ)内装・設備の追加投資、許可の変更の要否の確認(→出店形態)
店舗の譲渡内装・設備ごと別の事業者に引き継ぐ(居抜きでの譲渡)家主の承諾、設備の所有関係の整理。営業許可は多くの場合引き継げず、新しい事業者が取り直す
閉店(会社は残す)店を閉じ、法人は別の事業や次の出店のために残す賃貸借の解約、従業員の雇用終了、許可の廃止
閉店と法人の清算現地法人も解散する上記に加え、清算手続き、税務の最終処理、記録の保存

店舗の譲渡には、税の手続きが付くことがあります。ニューヨーク州では、事業や資産を一括して売却・譲渡する場合、所有権が移る少なくとも10日前までにForm AU-196.10による届出が必要とされています。シンガポールでは、食品小売の許可は譲渡できず、新しい事業者が改めて申請する必要があり、営業をやめた事業者は許可を取り消すべきで、取り消すまでは元の名義人が責任を負うとされています。

3. 従業員:国ごとの通知期間と手当

日本の本社が撤退を決めても、現地の従業員との雇用契約は現地の法律に従って終了させる必要があります。日本政策金融公庫の調査でも、海外撤退時の課題の上位に「現地従業員の処遇」が挙がっています。主な国の規則は次のとおりです(2026年9月確認)。

国・州通知期間(契約に定めがない場合など)手当・届出
シンガポール勤続26週未満1日、26週以上2年未満1週間、2年以上5年未満2週間、5年以上4週間。通知の代わりに同期間の賃金を払うこともできる従業員10人以上の雇用主は、整理解雇を従業員に通知してから5営業日以内に人材開発省(MOM)へ届け出る。整理解雇手当は、労働協約やMOMの指針に沿った対応が求められる
英国勤続1か月以上2年未満は1週間以上、2年以上12年未満は勤続1年ごとに1週間、12年以上は12週間勤続2年以上なら法定の整理解雇手当:22歳未満の期間は1年ごとに0.5週分、22〜40歳は1週分、41歳以上は1.5週分。週給の上限は£751、手当の上限は£22,530、勤続は20年まで(2026年4月6日以降)。1事業所で90日以内に20人以上を整理する場合は協議と届出が必要
ニューヨーク州―州内の常勤従業員50人以上の事業者は、25人以上に影響する閉鎖などの90日前に通知(NY WARN法)。多くの単店の和食店は規模の要件に当たらない

英国の手当を仮の数字で計算すると、30歳で勤続3年、週給£600の従業員なら、1週分×3年=£1,800です。10人の店で全員が勤続2年以上なら、それだけで1万ポンドを超えることがあります。開業から年数がたつほど通知期間と手当は増えるので、撤退費用の見積もりは毎年更新します。

4. 会社をたたむ:シンガポールの清算と登記抹消

現地法人を解散する方法は国によって違います。ここでは、ジェトロ・シンガポール事務所が現地の法律事務所に委託して作成した資料(2025年9月)から、シンガポールの例を紹介します。なお、支店の場合は登記の抹消で足り、清算手続きは不要とされています。

株主による自主的清算(Members' voluntary winding up)は、会社が債務超過でなく支払い能力があることが条件です。親会社からの借入金で債務超過になっている場合は、貸付金の放棄や資本への振り替えで債務超過を解消する必要があります。流れは、取締役会の決定と支払能力宣言書の作成・登記、株主総会の特別決議(宣言書の作成から5週間以内に開催)、清算人による資産の換価と弁済、最終総会、ACRAへの届出を経て、届出から3か月後に法人格が消滅します。清算人は税務当局から租税債務がないことの証明を得る必要があり、その取得に時間がかかることもあって、開始から終結まで1年前後かかるのが通常とされています。

登記抹消(Striking off)は、事業を開始していないか取引を停止しており、次のような条件をすべて満たす場合に使える簡易な方法です。

申請が承認されると官報での公告を経て抹消され、ACRAによれば申請から完了まで少なくとも4か月かかります。飲食店を閉じた直後の法人は、賃貸借の精算、従業員への支払い、仕入れ先への支払いなどが残っているのが普通なので、それらをすべて片付けてから、どちらの方法を使うかを決めることになります。

5. 税と許可の後始末、記録の保存期間

店を閉じた後も、税の最終申告と記録の保存が続きます。

6. 撤退費用の見積もり表を開業前に作る

ここまでの項目を、開業前に1枚の表にまとめておきます。以下は、項目と見積もりの考え方の例です。金額は契約と現地の専門家の見積もりで埋めます。

項目見積もりの根拠いつ更新するか
残存期間の賃料賃貸借契約の解約条項(中途解約の可否、通知期間、違約金)。解約できない場合は残存期間の賃料全額契約時、更新時
原状回復契約上の原状回復の範囲と、内装業者の概算契約時、工事完了時
従業員への支払い通知期間分の賃金、法定の手当、未払いの残業代や休暇の精算毎年(勤続年数が増えるため)
リース・保守契約の解約厨房機器、POS、決済端末などの契約の残存期間と解約金契約時
清算・抹消の費用清算人・会計士・弁護士の報酬、公告費用毎年
在庫と設備の処分食材・酒類の処分、設備の売却額(プラス)と撤去費用(マイナス)毎年
本社の保証日本本社が差し入れた保証の上限と期間契約時

仮に、残存賃料が月8,000ドル×残り30か月で240,000ドル、原状回復が40,000ドル、従業員への支払いが20,000ドル、その他の解約と専門家の費用が20,000ドルだとすると、撤退の総額は320,000ドルになります。このうち残存賃料が4分の3を占めるので、賃貸借契約で中途解約の条項をどう取るかが、撤退費用を最も大きく左右します(→賃貸契約の確認)。

7. 開業前に契約と書類に入れておくこと

撤退の負担を小さくするために、開業前にできることは次のとおりです。

  1. 賃貸借契約:中途解約の条件(通知期間、違約金の上限)、第三者への譲渡・転貸の可否、原状回復の範囲を条件書の段階で交渉する。
  2. 雇用契約:通知期間、試用期間、整理解雇時の扱いを、現地の法律の最低限を確認したうえで明記する。
  3. 設備とリース:購入とリースのどちらにするか、リースの中途解約の条件、設備の所有者を台帳に記録する(→設備保守)。
  4. 合弁・パートナー契約:撤退時の持分の買い取り、ブランドの使用停止、顧客データの扱いを定める(→パートナーの見極め)。
  5. 記録の保管場所:会計・税・雇用の記録を、現地法人がなくなっても日本本社から取り出せる形で保管する。

撤退の手順を決めておくことは、撤退の可能性を認めることではなく、最悪の場合の負担を数字で知っておくことです。その数字が本社の手元資金で払える範囲に収まっているかどうかは、出店を決める前に確認しておくべき条件の1つです。

2026年9月に公開情報をもとにまとめた一般的な情報であり、法務・税務・入国管理に関する助言ではありません。制度や金額は変わるため、行動する前にリンク先でご確認ください。

出典

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