海外出店|物件・設計

海外和食店の商圏選び:来店動機別に就業者・駅・歩行者を数える

昼・夜・週末・目的来店で商圏を分け、米国OnTheMap、MTAやLTA・ORRの駅乗降データ、NYC交通局式の歩行者カウント、NYC保健局データでの和食店1,063件の集計など、物件比較に使える調べ方と調査シートを示します。

最終更新 2026年9月27日 WashokuJob

目次

  1. 商圏は距離ではなく「来店動機」ごとに描く
  2. 昼の商圏:周辺で働く人の数を公的データで数える
  3. 駅の乗降データで人の流れの大きさをつかむ
  4. 自分で歩行者を数える:NYC交通局の方法を借りる
  5. 同じ商圏の和食店を数える:保健当局の公開データを使う
  6. 来店動機ごとに客数の仮説を立てる
  7. 物件ごとの商圏調査シート

海外で物件を探し始めると、仲介業者から「人通りが多い」「近くに日本食が少ない」といった説明を受けます。どちらも嘘ではないかもしれませんが、それだけでは自分の店に誰が、どの時間に、何のために来るのかは分かりません。この記事では、商圏を「徒歩で来られる範囲」と「わざわざ来る理由」に分けて整理し、ニューヨーク、シンガポール、英国で誰でも使える公的データと、自分で行う歩行者カウントの方法を紹介します。どの都市に出るかを決めた後、個別の物件を比べる段階で使うことを想定しています(都市の選び方は出店市場の選び方で扱っています)。

1. 商圏は距離ではなく「来店動機」ごとに描く

日本で商圏というと「半径500m」「徒歩10分」のような円で考えることが多いと思います。ただ、和食店の客は来店動機によって移動する距離がまったく違います。平日の昼に定食や丼を食べる会社員は、オフィスから歩いて往復できる範囲の店しか選びません。一方、予約制のおまかせ寿司に来る客は、電車や車で30分以上かけて来ることも珍しくありません。1つの円で商圏を描くと、この2つの客を同じ物差しで測ることになります。

そこで、物件を評価するときは来店動機ごとに商圏を分けて考えます。和食店でよく見られる動機を、移動距離の目安と確認するデータに対応させると次のようになります。

来店動機典型的な客商圏の考え方主に確認するデータ
平日の昼食近隣の会社員昼休みに歩いて往復できる範囲。徒歩圏の就業者数で決まる就業地ベースの就業者数、昼の歩行者数
仕事帰りの夕食・一杯近隣の会社員、乗換客勤務地と駅の間の動線上。駅の乗降客数と帰宅方向が効く駅の乗降客数、夕方の歩行者数
週末・家族の食事近隣住民自宅から歩くか短距離で来られる範囲。居住人口と世帯構成居住人口、土曜昼の歩行者数
目的来店(記念日、おまかせ等)市内全域・観光客距離より店の評判と予約のしやすさ。交通の便と周辺の格競合する高価格帯店の分布、交通アクセス
持ち帰り・デリバリー近隣の住民・会社員配達アプリの配達範囲で決まる配達範囲内の人口と競合数(→デリバリーの使い方)

最初にやるべきことは、自店の売上のうち何割をどの動機で取る計画なのかを決めることです。昼の定食で回転させる店と、夜のおまかせで客単価を取る店では、同じ物件でも評価が逆になります。来店動機の整理のしかたは来店動機から業態を決めるで詳しく書いています。

要点:物件の良し悪しは「どの動機の客を、何人取る計画か」が決まって初めて判断できます。売上計画を動機別に分けてから、動機ごとに商圏データを集めてください。

2. 昼の商圏:周辺で働く人の数を公的データで数える

昼の客数を左右するのは、物件の周りに住んでいる人ではなく、働いている人の数です。国勢調査の人口は通常「住んでいる場所」で集計されるため、オフィス街ではかなり実態より少なく出ます。

米国では、国勢調査局のLEHD(Longitudinal Employer-Household Dynamics)プログラムが公開しているOnTheMapとその元データのLODESで、就業地ベースの就業者数を調べられます。国勢調査局の説明によると、LODESのデータは居住地と就業地の組み合わせ(Origin-Destination)、居住地側の特性(RAC)、就業地側の特性(WAC)の3種類で、いずれも国勢調査ブロック単位です。最新のバージョン8は2020年国勢調査のブロックで集計され、多くの州について2002〜2023年のデータがあります。OnTheMapの画面上で物件の周りに範囲を描けば、その中で働いている人の数と業種の内訳が分かります。

同じ国勢調査局のCensus Business Builderは、利用者の目的に合わせて国勢調査局の統計を使いやすくまとめたツールで、地域の人口・経済指標と業種別の事業所数を地図とレポートで見られます。周辺の飲食店の事業所数や住民の属性をまとめて確認したいときに使えます。

米国以外では、就業地ベースの細かいデータがすぐに手に入らないこともあります。その場合は、周辺のオフィスビルの規模(延床面積やテナント構成)を不動産業者から聞き取り、次の章の歩行者カウントで昼の人の流れを実測して補います。数字の出どころが違うデータを混ぜるときは、どれが公的統計で、どれが聞き取りや実測なのかを記録しておくと、あとで計画を見直すときに役立ちます。

3. 駅の乗降データで人の流れの大きさをつかむ

大都市では、多くの客が駅から歩いて店に来ます。駅の乗降客数は、各都市の交通当局が公開しています。2026年9月時点で確認できた主なデータは次のとおりです。

都市・地域公開元とデータ分かること
ニューヨーク市MTA(都市圏交通公社)の年間乗車人員2024年の地下鉄の年間乗車は11億9,500万人(前年比3.7%増、コロナ前の70%)。472駅の駅別の入場者数。最多はTimes Square-42 Streetの5,770万人、次いでGrand Central-42 Streetの3,350万人。平日の平均は1日約338万人(前年比3%増)
シンガポール陸上交通庁(LTA)DataMallの「Passenger Volume by Train Stations」駅ごとのタップイン・タップアウトの人数を平日と週末に分けて提供。毎月更新。バス停ごとのデータもある
英国(グレートブリテン)鉄道道路局(ORR)の「Estimates of station usage」各駅の年間の入出場者数と乗換人数の推計。2024年4月〜2025年3月分が2025年12月4日に公表

MTAの乗車人員は、バスからの乗り継ぎを含めて地下鉄に入場した人を数えたもので、職員や地下鉄路線間の乗換は含みません。つまり「その駅から改札に入った人」の数であり、改札を出た人の数ではありません。朝に入場が多い住宅地の駅と、夕方に入場が多いオフィス街の駅では意味が違うので、年間の数字だけで比べないことです。シンガポールのデータのようにタップインとタップアウトが分かれている場合は、昼に降りる人が多い駅か、夜に乗る人が多い駅かを見ると、来店動機との相性が分かります。

注意したいのは、乗降客数が多い駅の近くが、必ずしも飲食店に向いているわけではない点です。乗換だけの駅や、改札を出てすぐ別の交通機関に乗り継ぐ駅では、人は店の前を通っても立ち止まりません。駅のデータは「どれだけの人が近くを通るか」の上限を示すもので、実際に店の前を歩く人の数は、次の章の方法で測る必要があります。

4. 自分で歩行者を数える:NYC交通局の方法を借りる

物件の前の歩行者数は、公的データではほぼ手に入りません。自分で数えることになりますが、数え方を決めずに「昼に30分立ってみた」だけでは、候補物件どうしを比べられません。参考になるのが、ニューヨーク市交通局(NYC DOT)が市内114地点で続けている歩行者カウントの方法です。

和食店の物件調査では、これを来店動機に合わせて少し変えると使いやすくなります。

  1. 時間帯を営業時間に合わせる:昼営業をするなら平日11時30分〜13時30分、夜営業なら平日18〜21時、週末の家族客を狙うなら土曜昼。NYC DOTと同じく、平日1日とその週の土曜日を1組にします。
  2. 物件側と向かい側を分けて数える:道路の反対側を歩く人は、横断しにくい通りでは客になりにくいからです。
  3. 15分単位で記録する:15分ごとの人数を書いておくと、昼のピークがどれだけ短いか(オフィス街では12時台に集中しがちです)が分かります。
  4. 候補物件をすべて同じ条件で数える:同じ週、同じ曜日、同じ時間帯。雨の日の数字は分けて記録します。
  5. 数字の横に「誰か」をメモする:スーツの会社員、学生、観光客、ベビーカーの家族など。人数だけでは来店動機との相性は判断できません。

歩行者の数に加えて、周辺の飲食店の昼と夜の客入りも同じ時間帯に観察しておくと、「人は多いが外食する人は少ない」通りを見分けやすくなります。現地調査全体の段取りは出店前の現地調査にまとめています。

5. 同じ商圏の和食店を数える:保健当局の公開データを使う

商圏内に和食店がいくつあるかは、グルメサイトや地図アプリで調べるのが一般的ですが、掲載の漏れや閉店済みの店が混じります。ニューヨーク市では、保健精神衛生局(DOHMH)が飲食店の検査結果を公開データとして出しており、営業中の店だけが収録され、料理の種類(CUISINE DESCRIPTION)、郵便番号、緯度経度、検査結果が含まれています。

このデータを2026年9月25日付の収録分で集計すると、営業中の飲食店31,361件のうち、料理の種類が「Japanese」の店は1,063件でした。区別ではマンハッタン560件、ブルックリン239件、クイーンズ186件、スタテンアイランド46件、ブロンクス31件です(ほかに区の記載がない1件)。郵便番号別では10003(イーストビレッジ周辺)が57件で最も多く、10019(ミッドタウン西側)36件、10002(ロウアー・イーストサイド)35件と続きます(いずれも筆者の集計。料理の種類は申請者の登録に基づくため、ラーメン店などが別の分類になっている場合があります)。

緯度経度が付いているので、物件の周りに円を描いて和食店だけを数えることもできます。数が多いこと自体は悪いことではありません。和食を食べに来る人が集まる通りである可能性もあるからです。見るべきは、その中で自店と同じ来店動機・同じ価格帯の店がどれだけあるかと、その店が昼と夜にどれだけ埋まっているかです。競合の整理のしかたは競合マップの作り方で扱っています。

英国では食品基準庁(FSA)の衛生評価(FHRS)のデータ、シンガポールでは食品庁(SFA)の許可情報などが公開されていますが、料理の種類までは分からないことが多いため、地図アプリでの確認と現地の歩き調査で補う必要があります。

6. 来店動機ごとに客数の仮説を立てる

集めたデータは、最終的に「1日に何人来るか」の仮説に落とします。ここでは考え方を示すため、すべて仮定の数字で計算例を置きます。自店の数字は、実測と競合店の観察で置き換えてください。

仮に、物件から徒歩5分圏の就業者が8,000人、昼営業の席数が30席だとします。平日昼の歩行者カウントで物件側の歩道を1時間に600人が歩いていたとします。

この計算の目的は、正確な客数を当てることではありません。「この物件で計画の客数を取るには、何人に1人が来店する必要があるか」を物件ごとに並べ、無理のない物件を選ぶことです。来店動機ごとの客数に客単価を掛けたものが売上計画の土台になります(→売上予測の立て方)。

7. 物件ごとの商圏調査シート

候補物件が複数あるときは、同じ項目で1枚ずつシートを作り、並べて比べます。空欄が残った項目は、調べていないことを示すものとしてそのまま残しておきます。

項目記入する内容情報源の例
計画の来店動機昼・夜・週末・目的来店・持ち帰りの売上構成比自社の事業計画
徒歩圏の就業者数徒歩5分・10分圏の就業者数と主な業種米国ならOnTheMap(LODES)。他国は周辺ビルの聞き取り
最寄り駅の乗降駅名、年間または月間の乗降人数、平日と週末の差MTA、LTA DataMall、ORRなど
物件前の歩行者数平日昼・平日夜・土曜昼の15分ごとの人数(物件側・向かい側)自分で実測
通行人の属性会社員、学生、観光客、家族などの比率の目安自分で観察
同じ動機の競合同価格帯の和食店とその他の店の数、昼夜の混み具合保健当局の公開データ、地図アプリ、現地観察
必要な来店率計画客数 ÷ 徒歩圏の就業者数、計画客数 ÷ 通行人数上記から計算
視認性通りから看板と入口が見えるか、階上・地下か現地確認

商圏調査で「この物件なら行ける」と判断できたら、次は物件そのものが和食店の厨房を収容できるかを確かめます。排気、電気容量、給排水、床の構造といった確認項目は物件内見の確認リストにまとめています。

2026年9月に公開情報をもとにまとめた一般的な情報であり、法務・税務・入国管理に関する助言ではありません。制度や金額は変わるため、行動する前にリンク先でご確認ください。

出典

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